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西湘たちばなの郷
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『たちばな地区の歴史』
原始時代(〜595)

 橘地区には、今からおよそ5千年前の縄文時代に人々が生活していた痕跡が発見されています。中村川をはさんだ丘陵地には、古墳時代に造られた数多くの横穴墓が今でも見られます。

古 代(595〜1180)

 天養元年(1144年)平良文の子孫といわれる中村庄司平宗平は、源義朝の要請により多数の武者を引き連れて藤沢の大庭御厨に乱入したことが県史に記述されております。その頃、中村一族は中村郷を中心に湯河原まで領域を広げていたと思われます。

中 世(1180〜1590)

 文治2年(1186年)源頼朝は、源義経・行家を討つために京へ、上洛の途中この中付荘に宿泊したと言われています。応永25年(1418年)上杉禅秀の乱によって中村氏は滅亡し、代わって大森氏がこの地を治めましたが、明応4年(1495年)北条早雲の小田原城奪取によって北条領となりました。その後、北条早雲軍と三浦義同軍との戦い、北条氏康軍と上杉謙信軍との激戦がこの地で展開されました。

近 世(1590〜1867)

 天正18年(1590年)豊臣秀吉が小田原城を攻めて北条家が滅び、大久保忠世が領主となり、以後明治維新まで徳川幕府の支配地となっておりました。

現 代(1868〜)

 明治時代、大正時代を経て昭和10年頃のこの地は、下中村が純農村で前羽村が半農半漁という状態でしたが、昭和30年に下中村と前羽村が合併して橘町が誕生しました。そして、昭和46年に小田原市と合併して現在に至っております。

(注)年代の区切りは「年表小田原の歴史」より

 
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